地元、広島県呉市で「呉のやぶ」展という写真展がありました。軽い気持ちで行ってみたら非!常!にディープな世界を垣間見ることになりましたので、ここに少し感想を書いておきたいと思います。
形式としては写真と面の実物が展示されている展覧会だったのですが、幸運なことに写真の撮影者である堀口悟史さんが会場におられたのでナマ解説をお伺いすることができました。私はそれまで知識ゼロだったのでお聞きしたこと全てが斬新で、驚きの連続でした。
とても興味深かったので他の皆さんにもお勧めしたいと思ってこの記事を書いています。
展覧会情報
2018/10/8(月)まで【終了】
入場無料
街かど市民ギャラリー90
呉市中通3-3-17
やぶ≒鬼 ただし やぶ≠鬼
まず基礎知識をいくつか。
「やぶ」とは、呉の神社の秋祭に登場する鬼のことです。上の写真にも写り込んでいるように、町内の決められた人が面をかぶり、衣装をまとい、棒などを持ってこの役を務めるわけです(会場の写真を1枚添付しますね)。すでにこの時点で「やぶファン」の人からは激しい突っ込みが入りそうなのですが、この記事は私のように詳しくない人向けのスタンスで書きますのでご容赦を・・・。
「やぶ」の発音は「や」の方が高くなります。「竹やぶ」などの「やぶ」はどちらかというと「ぶ」の方が高いと思いますがそれとは逆のアクセントです。
祭において「やぶ」が行う行為には様々な種類があり、例えば「神社に持ち込まれる俵みこしを竹の棒で突く」とか「街を練り歩いて子どもを追い回す」など、地域によってかなりバリエーションがある模様です。
このように書きましたが、実は「やぶ」は「鬼」とは違うものだと認識されているようです。町内会ごとに「うちのはやぶ」「うちのは鬼」という風にそれぞれにこだわりがあるようですし、面を見た時に「これはやぶ」「これは鬼」という風に分かる人には分かるんだそうです。やぶの顔と鬼の顔は違うんだとか。
後日、堀口さんが「やぶと鬼の違い」についてブログ記事を書いてくださいましたのでリンクを置いておきます!
やぶには「種」「序列」「個体」がある
会場の入口にはドドーンと大きな写真が1枚飾られていました。後で理解することになるのですが、これは龍王神社の祭に登場する「サワハラ」というやぶでした。
上に書いたとおり「やぶ」は「鬼」と似ていますが鬼ではありません。そればかりかやぶには「種(しゅ)」とでも呼ぶべき分類があるようなのです。
やぶの種
例えばある地区の祭に出るやぶには「アカ」「アオ」「ガッソー」「ニビキ」などという名前がついています。これが「種」に相当するようなイメージです。(種という用語は私が堀口さんの話を聞きながら思ったことなので、正統なる「やぶ学」ではどういう位置づけになるかは分かりません)
またこの種には雄と雌がある場合と、雌雄の区別がない場合の2つがあるようでした。よく覚えていないのですが「ガッソーの雄」「ガッソーの雌」のような感じです。
やぶの序列
各地域に出るやぶは「1番やぶ」「2番やぶ」のように序列がついているそうです。この序列は各地域のしかるべき団体で決定して、基本的には毎年守られていくもののようですが、何かのきっかけで序列が変化することもあるようなんですね。
堀口さんからは
かつて3番だったやぶが今は諸事情あって5番になっている。その面を『5番やぶ』と展示していたら、会場に来られたお客さんから「あれは3番じゃろうが?」と指摘を頂いた。「かつては3番でしたが、今はかくかくしかじかで5番なんですよ」と説明してご納得頂いた。
というようなことを教えて頂きました。指摘する側も説明する側もすごすぎますね。
やぶの個体
他の地域と違って、龍王神社の祭に出るやぶには「サワハラ」「スズキ」などという名前がついていて、これは面の所有者のお名前だそうです。面はそもそも、他の地域でもどこかの家庭が所有しているものなのですが、所有者の名前を冠してやぶを呼ぶのは龍王神社だけのようですね。
ちなみに「スズキ」は普通に人名として呼ぶ際はやや平板で「キ」にアクセントがありますが、やぶを呼ぶ場合は「ス」を高く発音する模様です。
なお龍王神社というのは「この世界の片隅に」の主人公すずさんの嫁ぎ先あたりにある神社です。すごい名前なのですが神社自体はそれほど大きくないらしいんですよね。なぜこのような特別な風習があるのかは少々謎です。「やぶ学」の中では常識なのかもしれませんが。
堀口さんからはこんな話をしていただきました。
女子高校生(推定)が誕生日にサワハラの面を模したケーキをプレゼントしてもらった。
嬉しくなってインスタグラムにそれをupしたら、友人(女子高校生・同)から「サワハラ最高じゃ」というコメントがついた。
絶句ですね。この高校生たちはやぶの個体を識別しており、誕生日にそれをもらうと喜ぶという。登場人物全てがすごすぎます。もっとも、私もここまでお話を伺う過程で「サワハラ」の顔だけは識別できるようになりました。
ちなみに言うまでもありませんが、呉の住民の多くは「じゃ」という語尾を普通に使いますので、女子高校生(詐称)とかいうわけではありません。その他の情報から何となく高校生ぐらいの女子と推定される、とのことでした。
そもそもやぶとは何なのか?
他にも大量に様々なお話を伺ったのですが、全てを書こうとするとそれだけでサイトが作れてしまいそうなのでほんのさわりだけ感想を書きました。
書きながら思ったのですが、そもそも「やぶ」って何者なんでしょうね。それを言ったら「鬼」だって何のためにいるのかという問題もあるわけですが。
私は無学なのでよく分かりませんが、日本の祭に鬼が出るというのは結構いろいろな地域でありそうです。例えば「祭りの鬼」と検索してみると様々な地域の祭りに鬼が出ていることが分かります。それぞれに何らかの理由付けがなされているのだろうと思います。
そんな中で(恐らく)呉市の限られた地区にだけある「やぶ」という存在。それは鬼と似た姿形ではありますが、見る人が見れば「やぶの顔」と「鬼の顔」は違う。また、やぶが鬼より優位であるとかその逆であるということも特にないらしく、それぞれの地域でこだわり・誇りがある。一体「やぶ」とは何者なんでしょう。「やぶ」の定義とは。
堀口さんは「全てのやぶの面はサワハラを模して作られた」とおっしゃっていました(ような気がするのですが頭が飽和状態になっていたので聞き間違いかもしれません)。模したわりにはそんなに似ていないなあというのが素人の感想なのですが、それだけに何らかの定義のようなものがあると思うんですよね。これはやぶ、これはやぶではないという切れ目が。
そういえば、会場でたまたまご一緒した紳士がおっしゃっていました。
サワハラの面はええ面なんよ。
誰が着けてもピッタァー…ッと顔に着くんよ。
何かしら特別な力が備わっている面なのかもしれません(汗)
また、古くからある風習のようではありますが、古いと言っても恐らくこの100年か200年程度のことでもあります。その時点で登場した必然性とは・・・。
色々なことがものすごく気になりました。
もっと勉強したい人!
堀口さんが調べたことをまとめたブログがここにあります。
まずはここを読んでみましょう。一通りの知識は身につきそうです。また、呉市立図書館には「昔の祭り」というタイトルで堀口さんの調査結果が所蔵されているみたいなので、それを読むのもいいかもしれません。自分の暮らしている地元に、こんなにもディープな世界が併存しているとは驚きでした。
でも展覧会の期間内(2018/10/8まで)なら見に行ってみるのが一番ですよ。運良く堀口さんの解説が聞けるかもしれませんし、来場した詳しい人が何かを話してくださるかもしれませんよ。
ちなみに呉市のキャラクター「呉氏」のイラスト集にはお面をかぶった呉氏が登場しますが、この面はやぶなのか鬼なのか・・・。このpdfの11ページです。
関西学院大学社会学部・島村恭則ゼミにて卒業論文の題材になったこともあるみたいです。コチラに要旨があります。なお恐らくですが、文中の「海山トンネル」は「魚見山トンネル」、「霞山トンネル」は「休山トンネル」の間違いではなかろうかと思います。また、同論文では「吉浦のヤブ」と称しつつも文中では「鬼廻り」と書いていたりしているので、何らかの混同があるのかもしれません。